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黒い森T

Immediately before the encounter

 くすんだリノリウムの床。大量の足跡が、積み重ねられた埃を削り取り本来の色を浮かび上がらせている。
 倉庫らしき部屋に男が二人と少女が一人。
「これからどうするつもりなの」
 訊ねたのは少女の声。部屋の端で無表情にその身体に不釣合いな大きさの銃を携えている。
「......さあな」
 袋小路の入り口に立つ男が少女に応えた。男もセーフティを外した銃をその手に握っている。
「......『さあな』って」
 呆れ気味の声で少女が言う。
「ジンジャーさん、といいましたっけ」
 少女の脇に立つ書生風の青年がくすっと笑った。
「仕方ありませんよ。事態が既に想定外のことだらけですからね」
「......黙れ『魔法遣い』」
 男は周囲への警戒を怠らぬままぶっきらぼうに青年の言葉を封じる。
「俺にとっちゃお前らがここにいることのほうが余程想定外だ」
 そう言って男────キアラン=クレイグは大きく息を吐いた。



 ────時系列は遡り24時間前。


「......そりゃあまた」
 カウフマンの話を聞き終わったあとのクレイグの返事はあっさりしたものだった。
「難問かね?」
 一方、カウフマンは例によって皮肉めいた口調で問う。
 SCにあるホテルの一室。やはり表の顔である警備会社が提供している隠し部屋の1つだ。
「博士が大学でどういう風に学生を教えていたか想像がつきますよ」
 クレイグは肩をすくめ応えた。
「君のような学生もいたな。聞かれたことには簡潔に答えたまえ」
 カウフマンがからかうような口調で言う。しばらくの沈黙の後、クレイグは返答した。
「異存はありません。────話の通りなら」
「なら、この話は受けてもらえると見倣しても構わんかね」
「ええ。......期日は」
 クレイグが手帳を取り出し一瞥する。
「早いにこしたことはない」
「分かりました」
「場所はここだ」
 カウフマンは背広の内ポケットから紙片を取り出し、その場で広げてクレイグに手渡す。クレイグはその地図に目を通し......少し眉をひそめた。
 ────が、すぐ元の表情に戻すとその紙片を丁寧に折り畳み手帳にはさみそれを胸ポケットにしまう。
「......了解しました」
「頼む」
 カウフマンがすっと手を差し伸べた。
「微力を尽くしましょう」
 ────クレイグはその手を握り返し、敬礼した後部屋を退去した。



 廊下の足音が立ち去った後。
 奥の部屋の扉が静かに開き、閉まる。
「随分と彼を信用しているようですね」
「聞いていたのかね」
 カウフマンが顔を上げ────軽く笑みを浮かべた。悪びれずにジーリングは答える。
「ええ」
「まあ別段聞かれたからと言って問題のある話ではないがね」
 師の言葉に、ジーリングは眉を軽くしかめた。
「『A』の残存資料の確保────そんな重要なことを彼らに依頼するとは思っていませんでした」
「仕方あるまい。私自身はここから動くことは適わんし、依頼そのものは彼らにも益に繋がる。手を抜くこともないだろう」
「彼らは傭兵です」
 すかさずジーリングが抗議する。その顔を見てカウフマンはくっくと声を立て笑った。
「......面白くないという顔をしているな」
 躊躇の表情を浮かべる青年に、諭すように言う。
「構わんさ。私にとって一番の懸念は、『夜』や『騎士』にあの資料が渡ることだ」
「それはそうでしょうが.......」
 納得できないという口ぶりでジーリングは言い淀む。
 その様子をカウフマンは穏やかに見つめ────答えた。
「......彼らは1度私の課題をクリアしてみせている」
「『課題』?」
 問い返された言葉に、カウフマンは頷いた。
「『夜』にも『騎士』にも探し出せなかった君を私にもう一度引き合わせてくれた」
「それは彼らが教授の使いだったからです」
 ジーリングはその言葉に反論する。しかしカウフマンはゆっくりと首を横に振り、言葉を続けた。
「彼らは君とコンタクトをとることに成功した。......それが私にとって信頼に足る意味を持つのだよ」
「......」
 返す言葉を失い沈黙する教え子に、教授はふっと息を吐くように笑い、訊ねた。
「『女皇』の許に日参しているそうだな」
「......ええ、別に禁止されてもいませんし」
 唐突に話題を切り替えられ、ジーリングは途惑ったように返答した。
「どう思うね」
「そう言われても......現時点では綺麗な石だ、としか」
「そうだろうな」
 カウフマンの目が遥か遠くを眺めるように細くなる。
「だがあれこそが『A』の根幹にあるものだ。────実際に使用されたのはエンプレスより欠け落ちた『アムニス・スピルス』と呼ばれる破片の一つに過ぎんがね」



 廃墟の入り口では小型の輸送車が白い息を吐きながら待ち構えている。
 夜半に降った雪が地表を白く染めた朝。
「気をつけてね」
 リュシュカさんの言葉に頷いたジンジャーは、迎えに来た輸送車に乗ってラボへと戻っていった。
 車の後姿を見送り、俺はリュシュカさんに言う。
「随分と急でしたね」
「ええ、昨晩先輩が彼女をラボに戻してくれと連絡してきて」
 先輩────アヤさんか。
 恐らくラボに何らかの事態が発生し、それにジンジャーが必要だということなのだろう。事の内容については俺には推測がつかないが。
 俺は宿舎に戻ろうと踵を返しかけ、いつまでも車の走り去った方向を見つめているリュシュカさんの姿に途惑う。
「素地は同じはずなのに」
 唐突にリュシュカさんが呟いた。
「......あの子はいつも周りに気を遣っています。その上辛抱強いから......他の子とまた違う意味で心配なんです」
「そうですね」
 俺は彼女の言葉に頷く。
「訓練でもぎりぎり俺の見本を上回らないようにしているみたいですし」
 彼女がはっと顔を上げた。
「本当......ですか?」
「ええ」
 彼女の問いに俺は答える。
「ま、俺に気を遣ってるというより他の子供達への気兼ねのように思えましたが」
「そんな......」
 『信じられない』と小さく呟き、彼女がうつむく。それを見て俺はフォローのつもりで言葉を添えた。
「あいつらは兄弟みたいなものでしょう。無自覚でしょうが他の奴らのやる気をそぎたくないとか考えたのかもしれませんね」
 しかし。
 ────気のせいだろうか。今の俺の言葉を聞いた一瞬、リュシュカさんが身を震わせたような気がした。
「......マットさんは」
「え?」
 顔を上げ、遠くを見つめる彼女。
 俺は彼女の言葉の続きを待った。だが。
「────いえ、何でもありません。戻りましょう」
 彼女はそっと微笑って、宿舎に向かって歩き始める。
 ......俺にはその表情が少し無理をしているように思えた。



 朧な影を帯びる月が昇る夜。
 小型の運送車がヘッドライトを長く伸ばし近付いてくる。
 細い路地に入った途端、運送車はヘッドライトを消し、静かに道を抜けていく。
 角を何度か曲がり────ある大きな建物の中に入った。
 そのまま敷地内を数十メートルも走ったところで停止する。
 運転手が素早く車を降りカーゴのドアを開いた。地面に小さな影が降り立つ。
「おかえりなさい、ジンジャー」
「......ただいま」
 少女は迎えに出てきたアヤに静かに挨拶を返す。
 アヤは運転手へ軽く目礼する。それと同時に輸送車は建物の裏手へと走り去った。
「戻ってきたばかりで申し訳ないけど、早速来てもらえるかしら」
「ええ」
 ジンジャーは大人しくラボの中に入っていくアヤに付き従っていった。


 子供達がいつも生活している広い部屋。
 生活者が不在のベッドと遊び道具だけが置いている部屋はいつもにも増して空虚だ。
「......じゃ、私はその目標の生命活動を停止させてくればいいのね」
 ジンジャーはアヤの顔をまっすぐに見て訊ねた。
「ええ」
「わかったわ」
 ジンジャーはそう答えると自分のベッドから降りた。
 アヤは傍らに佇む男性職員のほうを振り返る。男は頷いて、幅広のベルトを携えジンジャーに近付いた。
「......悪いわね、ジンジャー。頼んだわよ」
「────別に」
 男が手早く幅広のベルトを巻くのをジンジャーは軽く両手を持ち上げながら待つ。腰の左側に20cm角の黒いケースが取り付けられた。
「いつものことだし」
 ジンジャーは変わらぬ表情で言う。
「......そうね」
 アヤは目を細めて苦笑した。


 外へ出ると、昨日アヤの許を訪れた若い将校が待機していた。
 彼女の姿を認めるとすかさず敬礼し────次にジンジャーに視線を移す。
 将校の瞳に一瞬浮かんだ途惑いにアヤは内心安堵して......そう感じた自分に苦笑した。
 敬礼を解き、青年は告げる。
「......実験体『魔弾』をお預かりいたします」
 アヤは軽く目礼し────ジンジャーの肩を軽く叩く。
「いってらっしゃい」
「ええ」
 ジンジャーは頷いて、青年将校のほうへ足を踏み出した。


 輸送車が走り去ったあと、傍らに控えていたオペレータが声を潜めて訊ねる。
「......今回の依頼って何だったんです?」
「詳しくは知らないわ。彼らがそんな情報を一介の研究者に伝える訳ないじゃない。私もただターゲットの顔写真を渡されて、それをジンジャーに伝えただけよ」
 そう言ってアヤは苦笑する。オペレータは口をつぐんだ。
 実際彼女は今回の任務についてターゲットの詳細な情報を聞かされてはいない。だが独自のコネクションを通じてリークされた情報を押さえてはいた。
 正直なところ消そうとする側も消されようとしている側も自分にとってみれば同じ穴の狢としか思えないのだが。
「仕方ないのよ」
 去っていく輸送車の背を見送りながらアヤは軽く息を吐く。
「結果を出せない現状予算を捻出するためには、軍上層部の要請はどんなことであれ無条件で引き受けざるを得ない」
 そう言うと、アヤはラボの玄関に向かい踵を返した。
「戻るわよ。やることは山のようにあるわ」
「はい」
 オペレータは静かに付き従う。
 アスファルトの雪は融けかかっていた。



「あの先だ」
 深い闇に沈む木々。『黒森』の名を冠せられたその森は、古来より宗教的な意味での『聖なる場所』であり、現在でさえほとんど開発の手の入らぬ場所だ。────表向きは。
 安全保障局の依頼した任務は情報部に属するある将校の暗殺。そしてそのターゲットが部下を連れて逃げ込んだ場所は────かつての第一種生物研究所と呼ばれた施設の跡地だった。
「確認することはないな?」
 運転を担当していた青年士官が訊ねる。
「はい」
「2時間だ。それまでに任務を完了し帰投せよ」
「はい」
 淡々と返事をするジンジャーをちらと見て、青年士官は不愉快そうな表情を浮かべる。
「......状況開始」
 言い捨てるような言葉にジンジャーは表情を変えず頷く。
 軽く目を閉じて。
「────Shift」
 ジンジャーが瞳を開く。
 縦長に伸びる、白銀の光を放つ瞳孔。
「Anfang」
 細長い木々の葉が波打つ。
 なぎ倒された草が森に向かって直線を描いていた。



 そこから数キロ離れた『黒森』の入り口。
 一人の男が背の高い草を分け入り、中へと進んでいく。
 1キロ程入り込んだところで────不意に男は立ち止まる。
 人の気配はない......だが。
 追跡者がいる。クレイグは確信し......そのまま歩き始めた。
 等間隔で自分の背を追ってくる何か。
 好きにさせておくか。信用されていないのは承知の上。むしろそんなものは願い下げだ。
 クレイグは目的地である森の中心に意識を向ける。
 ────第一種生物研究所跡地へ。

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